小樽、金融資料館おすすめのポイントは資料館自体が歴史的建造物なところです。
◎建築物に興味、関心のある方には特におすすめです。
小樽はかつて「北のウォール街」と呼ばれ金融の町としても栄えていました。
町の中心には立派な石作りの銀行が建ち並んでいたそうです。
金融資料館は辰野金吾さんが設計に関わっています。
この方は日本近代建築の父と呼ばれているそうで、たくさんの建物を設計しています。
1896年に日本銀行本店を設計しています。1914(大正3)年には中央停車場(現在の東京駅)。
2012年保存、復現工事された赤レンガの東京駅の設計に携わっていたのが辰野金吾さんなのです。
日本で有名な建築の方がなぜ小樽の銀行の設計に関わることになったのか。
それは、明治時代に建築された日本銀行の本店を初め全ての支店の設計に関わっているからのようです。
北海道は開拓以降の歴史が浅く、歴史的な建物が少ないので北海道民としてはうれしいです。
5つのドーム
1912年(明治45年)に完成した建物で、上方に5つのドームがついたお洒落な外観です。
資料館のパンフレットによると、ルネサンス様式を取り入れているのだとか。
このドームの4つは飾りでこの中の一つだけが中に入って小樽の町を見下ろすことができるのだそうです。
歴代の支店はここから小樽の町を眺めていたのだとか。
ただ、このドームは通常一般解放されておりません。
私達もドームに入ることはできませんでした。
銀行のセキュリティ
現在は資料館になっていますが元々銀行なのでいろいろなセキュリティの設備が残っています。
まず、一つ一つの扉が厚くしっかりしています。
窓には鎧戸もついています。
地面の近くにも鎧戸のような物があります。
吹き抜けの高い天井近くにはキャットウォークのようなギャラリー部分があって建物をぐるりと一週しています。
こちらの役割は警備をする警備員が全体を見渡せる構造になっているそうです。
昔は銃を持った警備の人が見回りをしたそうです。金庫の扉も大変厚くて、簡単には突破できない感じです。
船見坂のレポートでもお伝えしておりますが、火災が多かったのでこちらの建物もレンガ作りなのですが、外壁はレンガの表面にモルタルを塗り、石作り風に仕上げているそうです。
この石作り風な仕上げは明治時代の流行のようです。
資料館の最後の方の展示で、モルタルを一部剥がしてレンガが見えるところがあります。
(写真)このように、「金融資料館」としての資料だけではなく建築物としての説明も親切な博物館なところが面白かったです。
シマフクロウが警備する銀行
銀行の建物の外側と内側にはシマフクロウの塑像があります。シマフクロウは、アイヌの守り神だそうです。
一見すると柱の模様のようなのですが、外壁に18体、内壁に12体のシマフクロウが建物を守っています。
銀行の職員がいない夜間はシマフクロウが支店を見張っていたそうです。
レリーフと辰野金吾
外壁のシマフクロウ。
辰野金吾さんのアイデアなのか確証を得ることができなかったのですが、東京駅の天井部分に干支(えと)のうち8つの動物が配置されていて、残りの4つは同じく辰野金吾さんが設計した佐賀県武雄市の武雄温泉楼門に彫られた動物なのだそうです。
武雄温泉には東西南北を表す干支。東京駅にはそれ以外の8方位を表す干支の動物がいるそうです。
この干支のアイデアは辰野金吾さんのものなので、フクロウのアイデアもそうなのでしょうか。
日本の建築でも日光東照宮など、動物のレリーフを取り入れた建築がありますので目新しい手法ではないのかもしれませんが、建物に動物のレリーフがあると和みます。
それが、銀行という機能的で現実感あふれる建築物ならなおさらですよね。
現在と過去が交錯する
金融資料館を訪れたのは2回目なのですが、一回目に気がつかなかったポイントがありました。
それは、銀行に来たお客様の視点と、銀行の中側からの視点で建物を見ることができることです。
様々な展示物があるのではじめて訪れた時は気がつかなかったのですが、銀行の中側からどんな風にお客様を見ていたのかわかります。
資料館を出る時には、営業場のカウンターが見えるのですが、このカウンターが大理石でできているそうで、化石のようなものまで残っています。
今の銀行、大理石のカウンターは使っていないですよね。
資料館の二階部分や地下は見学できないのですが、手すり等も立派な装飾がされています。
機能性だけではなく、美しさも備えた素敵な建物でした。
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